mimigah’s diary

明日に幸あれ

心の拠り所

今週のお題「わたしの実家」

 

なんだか自分の実家がはっきりしない、あそこは自分の実家と呼べるのか、という疑問は何となくありました。

 

嫁に出た私にとって、かつて実家は遊びに行くと、自分の家に帰るのがおっくうになるくらい、くつろげる居心地のいい場所でした。

 

今でも実家で思い浮かぶのは、中学校に上がる年に父親が建てた家です。

両親ともに健在で、ゴールデンレトリバーがいて、赤ん坊だった娘をよく遊びに連れて帰った、あの家しかありません。

思い出がいっぱいです。

 

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近くには曼珠沙華の群生地があり、(写真の場所は違いますが、これは秩父で撮影)9月のお彼岸の頃になると今でも観光客がたくさん来るような素敵な場所で、実家の敷地のすぐ脇には細い小川が流れていたのですが、夏になると庭で蛍を見ることができました。

そこは父が気に入って買った場所でした。

 

しかし、いい時は長くなかったです。

父親は早くに亡くなり、その後その家から兄夫婦と母親は引越しました。

 

その頃私は生まれ育った埼玉から千葉へ引越しました。

近くはありませんでしたが、それでも新居の実家へは母親に逢いに時々遊びに行きました。

 

ほどなくして母親が亡くなってしまい、それからあまり実家には行かなくなり、最後はいつだったかも定かではないです。

 

親の居ない実家というのは、よそ様の家という感じがして、なんとなく足が遠のいてしまいました。

 

姪っ子達も成長し、受験で忙しくなったりしていたのもあり少しずつ疎遠になってゆきます。

ましてや私が嫁に出た後兄が建てた家なので、よけい私にとってはよそ様の家です。

 

私にとっての実家は、今では知らない家族が住んでいる、父が生前建てたあの家です。

 

兄の嫁さんは、たまに行くと良くやってくれましたが、私たちをお客さんとしてもてなしてくれるので、何となく落ち着きません。

台所に立つのもはばかれるので、長い時間は正直ちょっと居辛いです。

 

兄はそんな私を知ってか、逆に度々我が家に泊まりに来てくれたりします。

 

そんな思いもあり、我が家の子供達にはいつか、たまに帰ってきた時、やっぱりいいなぁと思ってもらえる実家でありたいと思うのです。

もちろん私も元気で長生きしないといけません!

 

今でも誰かから「実家どこ?」と聞かれれば一応「埼玉にあります。」と答えますが、多分兄が居なくなったら「実家はないですが、出身は埼玉です。」と答えるのかしら・・・

 

私は夫の実家に嫁に入ったので、夫からしてみると一生実家しか知らないことになります。私の思う実家とはだいぶ意味合いが違うのだろうな。

 

実家と呼べる定義はたぶん、自分が生まれ育ったところ、もしくは親が居るところのどちらかの気がするので、私の場合どちらも当てはまりません。

自分の基礎と土台になる部分が実家と考えます。

今は兄が居るのでかろうじて兄の家を実家と呼びますが、それは表向きです。

 

よって私の中での『実家』とは・・・

 

形こそないけれど、思い出がたくさん詰まった、自分を守り育ててくれたあの家の記憶。心の拠り所として常に自分とともにあるものです。

 

それで十分です。

 

ということで、お題に乗っ取り改めて『実家』について考えさせていただきました。

 

 

 

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