mimigah’s diary

明日に幸あれ

私を楽しむ。

先日一度は行ってみたかったシリーズ(?)で靖国神社を参拝しました。

 

今回は第二弾。

一度は行ってみたかった競馬場です。

休みの日に、ちょっとだけ詳しい人に連れて行ってもらいました。

場所は府中の東京競馬場です。

www.jra.go.jp

車で2時間ほどかかり到着しました。

やはり初めての場所はワクワクします。

日常ではめったにないワクワク感、いいですね。

 

場内に入り、しばらく歩くと大きな建物が見えてきました。

まるでホテルのようなたたずまいです。

 

外にはお子さんが遊べる公園みたいな場所もあります。

 

建物の中は思っていたよりはるかに広々とし綺麗です。

食事ができるところもたくさんありますし、ファミリーやカップルいろんな方が楽しめる場所になっていると思います。

まずは散策しました。

 

私は競馬に関しては全くの素人です。

馬券の買い方も分からないので教えてもらい、午後の6レースから参戦しました。

 

席に着くなり最初のレースが始まりました。

初めての光景をただ眺めるだけの私。

気付けばお馬さんはもうゴールしていました。

歓声に取り残されています。

なんとも展開が早くて、よく分からないうちに隣りから「勝ったね!」の声が。

そんな私でしたが、少したってからじわじわと喜びが込み上げてきました。

 

7レース目からは少し真剣になりました。

素人が真剣になったところでと笑われそうですが。

7レースも勝ちました。

 

時間の都合で9レースまでで終わりにすることにしました。

 

結果はというと、友達は全然でした。(私だけ申し訳ない)

最初の2レース勝ちましたが、完全にビギナーズラックですね。

素人の感想ですが、勝てば楽しいのは当たり前ですよね、それを抜きにしても、また来たいと思いました。

競走馬を見るだけでも価値があります。

 

途中で競馬新聞の日付を見て気が付きました。

「今日は父親の命日だ!」

友達曰く、「お父さんからの今日は久しぶりのお小遣いだね。」と。

 

右手側に富士山の絶景が望める5階の最高の席(フジビュースタンド)で観戦してましたが、最後のレースだけ下まで降りてゴール間際でレースを観ました。

上から見下ろすより臨場感があり、より興奮しました。

 

あとで間近で見た競走馬ですが、毛並みがすごく艶やかで、体が引き締まっていて、肉体美はまるで芸術作品のようでした。

ほ~。なんてかっこいいんだろ!

 

無知な私なりに楽しむことができた有意義な時間でした。

 

是非また行きたいですが、次回はもう少し勉強してからにしようと思います。

 

写真はあまり撮れなかったのですが、何枚か。

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出陣。
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帰陣。
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話は変わりますが、前日に見た夢が印象的でずっと気になっていたので、家に帰ってから調べてみました。

 

見たこともない大きな白いムカデが出てくる夢です。何匹も。

気持ち悪かったのですが、夢としてはなんと吉夢だそうです。

大きな幸運が訪れる前触れ、金運アップ、商売繁盛など、いい事ばかり書かれていました。

競馬の結果との関係は分かりませんが、いいことは素直に信じましょ。(悪い事なら見なかったことにする)

なんか幸先がいいな。

 

 

一度は行ってみたいと思っているのに、まだ行けていないところがいくつもあります。

少しずつですが、行動したい気持ちが、最近ようやく湧いてくるようになりました。

年齢による体力の低下からくる焦りみたいなのも多少ありますが。

それと子育てがだいぶ落ち着いてきたから。

問題の長男(引きこもり)はおりますが、だからといって私の行動が制限されるものではありません。

以前はそのせいで何もかもやる気が起きず、どこへも出かけたくなかったですが。

 

ある時、いつも私のことを心配してくれる友達から斎藤一人さんのツイートのスクショが送られて来ました。

こう書かれていました。

 

家に引きこもりの子がいてもね、心配して一緒に悩んじゃいけないの。唯一、助けられる方法は、幸せになるから大丈夫!って「信じる」こと。それで、あなたが外に出て「遊ぶ」くらいでちょうどいいんです。『軽い波動』を出すんだよ。 

 

ひとりさんの言葉は私にとって衝撃的でしたが、それよりそれを送ってくれた友達に感謝の気持ちでいっぱいになりました。

いつも気にかけていてくれたんだって、そっちのほうが感激でした。

 

しかし実際そう思えるまでは少し時間がかかりましたが。

楽しんでもいいんだって今は素直に思えるようになりました。

逆に息子のためにもと。

 

それとともに、自分の将来や、今後の仕事についても真剣に考えるようになりました。

かといって現実はただでさえ動ける時間が限られるし、もっと時間を確保するにはどうすればいいのか悩みどころです。

仕事は辞められないし。

 

今はわずかな時間は読書やブログなどを読んだりするのに充てていますが、これから実際に具体的に何をどうしようか・・模索しています。

自分のこれからの生活、将来につながる何か。

 

「何かを始めるのに遅すぎることはない。」って、誰かが言ってたな・・。

 

競馬での臨時収入は部屋からまるで出てこない長男に少し渡しました。

「たまには気分転換に出かけておいしいものでも食べてきなよ。」

 

息子を引っ張り出すことはできないけれど、私が動くことで、とりまく状況がが少しでも変わればいい・・・と思うこの頃です。

 

 

 

 

 

娘へ、ありがとう。

我が家の子供達は記念日だからといってプレゼントなどをくれたりするたちではありません。

皆シャイな性格ですし。

あらたまる感じが苦手ですし。

小さい頃は可愛いお手紙や折り紙をくれたこともありましたが、それで十分でした。

 

先日東京へ行く事があったので、忙しくて実家に戻れないという娘に会ってきました。

二年ぶりくらいです。

 

旦那さんと次男と私がいる靖国神社まで来てくれました。

 

mimigah.com

 

変わらず元気そうで、久しぶりに会う娘はなんだか輝いて見えました。

充実してるんだなって分かりました。

 

いきなり、「もうすぐ誕生日だし母の日だからこれ。」とCHANELの紙袋を渡されました。

えーーー!!

顔見れただけでも感激なのにプレゼントまで用意してくれたのね(涙)

ちゃんとプレゼント買ってもらったのは初めてですし、驚きでした。

 

モノは何であれ、嬉しかった。

すっかり大人になって・・・(涙)

 

「アタシが使ってるヤツなんだけど、良かったら又買ってあげるから使ってみて。」と、たんたんとした感じで言いました。

言い方が娘らしい。

 

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「うわぁ!使うよ〜使うよ〜!わるいねぇ、こんな高級品。嬉しいよ、ありがと〜ありがとうね〜⤴︎⤴︎⤴︎」と、私そんな感じだったと思います。

 

みんなでお昼を食べた後、一緒に神社の中を散策、木陰のベンチに座りながらしばらくおしゃべりし、記念に写真をパチリ。

 

ひきこもりの長男(弟)のことも姉らしく気にかけていました。

 

mimigah.com

 

2時間ちょっとで物足りなかったけれど、「今年のお盆はなるべく来てね。」と伝え握手して別れました。

本当ならハグしたかったけど、お互い照れ臭いので。

 

久しぶりの細くて柔らかい娘の手の感触に思わず涙が溢れてきましたが、気付かれないようにしました。

そんな私です。

いちいち涙ぐんで、なんか私年寄りみたいね、と自分で思いました。

 

ちなみに10年前に一度、娘が高校1年生の時に母の日にカーネーションの絵を描いてくれたことがありました。

「花買うお金無かったから。」と。

これも娘らしい言い分。

照れ隠しみたいな。

この時もめちゃくちゃ嬉しくて、今でも額に入れリビングに飾ってあります。

その絵がこちら↓


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小さい頃から絵を描くことが大好きで、もちろん今でもコンピューターではありますが、絵も描きつつ、フリーでモーションデザイナーという仕事をしています。

フリーになる前にはポケモンのゲームアプリの制作にも携わり、スタッフクレジットに娘の名前を見つけた時は、本当に嬉しくて周りの人にゲームアプリのインストールを薦めたりなんかしてました。

 

夢を叶えるために18歳で家を出てから、親を頼らないようにと必死に頑張ってきたのを知っています。

昔から親子でぶつかることがいちばん多かった娘。

紆余曲折あり、思い出すだけで涙が出てしまうような出来事がたくさんありましたが、今はやりたいことをやりながら、まだまだ夢を追い続けているんだなって思います。

とても誇らしいです。

 

小さな頃から「○○ちゃんね、大きくなったら絵描きさんになるの。」といつも言っていたのが愛おしく、懐かしい。

 

娘が小学校3年生の時、親の身勝手な理由で離婚し、いきなり転校させられ、慣れない環境の中、自分の事で精一杯なはずなのに、幼稚園児の弟の面倒をよく見てくれていました。

保育園の年長さんは待機状態で、幼稚園に通わせるしかありませんでした。

仕事を途中で抜け出し長男をアパートへ置いて、心配でしたが「お姉ちゃんが帰るまで待っててね。」と言い、すぐ職場へ戻る感じでした。

子供達との生活のために稼ぐことに必死だった私は、仕事から帰るのが遅くなりがちで、娘はご飯を炊いて、弟をお風呂に入れて頭を洗ってあげ、私が帰宅するころにはご飯のおかずだけ作ればいいようにしておいてくれました。

小3の子がです。

この話は前に娘にしましたが、幼かった上、本人も必死だったのでしょう、あまり記憶にないと言われました。

 

育ち盛りでお腹も空きます。

当時おやつもあまり買ってあげられなく、学校から帰ると娘はすぐにご飯を炊き、白いご飯だけをひたすら何杯も食べて空腹を癒やしていました。

 

玄関を開けると子供達は空腹と眠たさで、力なく床で倒れ込んでいた時もありました。

ひどい母親と自分を責めました。

 

あの頃は小さな娘に頼るしかなく、その頃のことを思い出すたび申し訳なかったし、切なくて今でも涙が出てきます。

 

今、娘は強く、とても優しい女性になりました。

 

親のせいかも知れませんが、「私、結婚もしないし子供も産まないよ、孫とか期待しないでね。」と私に言います。

 

いいよ、自分を大切に、好きに生きたらいいよ。

 

いつまでも貴方らしく自分のやりたい事をやり抜いてね。

 

生まれて来てくれてありがとうって言いたいけど、照れ臭くて言えなかったな。

 

いろいろごめんね。そして本当に、「ありがとう。」

 

 

 

靖国神社参拝

夫と次男のかねてからの希望で靖国神社へ行ってきました。

 

靖国神社は東京都千代田区九段下にある神社です。

明治2年(1869年)に戊辰戦争明治維新のころの戦没者を慰霊、顕彰するために明治天皇の勅令により創建され、国家のために殉難した人の霊246万6千余柱を祀るそうです。

 

私も日本人ですし一度は行ってみたいと思っていました。

感想としては、非常に興味深く拝見できました。

不謹慎になりますので表現が難しいですが、行って良かったと思います。

 

遊就館という展示施設があるのですが、一階は写真撮影できるので、何枚か写真に納めました。

二階の方は有料で廻るのにちゃんと観ると、1時間半から2時間ほどかかるくらい見応えがあるものでした。

二階は撮影禁止となっています。

 

旦那さんと高校生の次男は日本の歴史をよく知っています。

小学生の時、日本の歴史漫画を全巻セットで買い繰り返し読んでいただけあります。

中学生になりその知識は更に掘り下げられ、私からするともはや日本史の先生でした。

親子で色々と話しながら廻っていましたが私には着いていけません。

分からない事を次男に聞けばちゃんと答えが返ってくるので頼もしいです。

そんなのも知らないのか!と、言われながらも、自分なりに日本で起こった出来事を少しでも知識として取り込もうと努力はしてみました。

 

展示物には実際に砲弾を受けた隊員の写真、その時の隊服、体から出てきた砲弾などが生々しく展示されていたのが印象的でした。

 

絶対戻る事ができないと分かっていながら戦地に向かう隊員の家族へ宛てた手紙。

短い文面の中に全ての思いが凝縮されていました。

切ない以外の何ものでもないと思いました。

 

今のウクライナとも重なり、戦争がいかに惨く悲しく理不尽なものかと痛感しました。

 

戦争は絶対にあってはならないし、肯定はできませんが、日本の平和と人々の幸せのために戦った人達すべてに敬意と哀悼の気持ちでいっぱいになりました。

 

彼らが思い描いた日本が今あるのかは分かりません。

今のこの世の中を観たらきっと目を丸くするでしょう。

私達が今生きている、この日本を命がけで良くしようと戦った人達がいることを忘れてはいけないですね。

 

歴史の知識に乏しい私ですがたくさん思うことがありました。

 

旦那さんの亡くなったおじいさんのお兄さんが戦死しているので、その石碑に刻まれた名前を見ようと探し廻ったのですが、見つけられませんでした。

どこか離れた場所なのか、おばあさんも亡くなってしまって、場所を聞いてなかった事を後悔していました。

生きていた頃は毎年靖国神社へ参拝へ行っていたそうです。

 

私達は突然ポッと生まれたわけじゃないですよね、ふだんあまり考えませんが、ご先祖様からずーっとつながってる。

そんなことも感じることができました。

 

次男も何かを感じ心に刻んだに違いないと、彼の真剣な目を見て思いました。

来た甲斐がありました。

 

天気にも恵まれ、とても気持ちが良かったので、参拝がてら付近を散策し、武道館のある北の丸公園の方まで足をのばしました。

 

空がどこまでも青かった。

 

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海の街、川の街

今週のお題「好きな街」

 

日本全国どこへ行ってもその街の良さって必ずありますよね。

そんなに知り尽くしてはいませんが、好きな街はたくさんあります。

ですが思い入れがある街となればやはり自分が住む街、そして生まれ育った街です。

 

【 海の街 】

我が家の周りは田んぼだらけですが、国道に上がれば店はたくさんあるし、下れば九十九里の海が広がっています。

このあたりは最近田植えが始まりまりました。

新米が今から楽しみです。

 

ここに来たばかりの頃は、まじめに我が家に帰れなかったことがありました。

景色が変わらないので迷子になりました。(方向音痴のせいもありますが)

多少交通などの不便さはありますが、「住めば都」ってよく言ったもんですね。

今はとても住みやすく、不自由なことはありません。

引越しは多かった方ですが、やっと永住の地にたどり着いたと思っています。

もともと海無し県民の私からすれば千葉県は憧れの地でした。

最初の頃は意味もなく仕事帰りに砂浜で潮風に吹かれ、黄昏てから家に帰ったりしてました。

別にドラマの影響とかでもなく、すぐに行けることが嬉しくて、そして嫌なことなんかがあると、やはりとりあえず海見ようって。

今もたまに、ただ眺めに行ったりします。

 

ど田舎だけど、海の幸は美味しいし、新しい友達もできたこの街が大好きです。

そして田んぼを貸してるのでお米代がかからないのも嬉しい限りです。

野菜もたくさんいただけますし。

 

年頃の子供達は田舎すぎて嫌だと言います。(気持ちは分かります)

いつか子供達にも、きっとこの街の良さが分かる時がくるのだろうって思います。

 

【山と川の街】

もうひとつの好きな街は赤ん坊の頃から大人になるまで過ごした街です。

実家のある街です。

いろんな思い出がたくさんあって、自分を育ててくれた街。

 

海は無いですが近くに川があり小さい頃から毎年夏は川で泳ぐのが当たり前でした。

高校の時学校をサボって川原で弁当を食べたり。

川遊びが大好きで釣りもしましたし、大人になってからはバーベキューをやったり。

子供や体力のない大人でも、ちょうどいい感じの山があるので山登りもよくしました。

 

川の近くには曼珠沙華の群生地が有るのですが、小さい頃から毎年お彼岸の頃になると一面真っ赤な絨毯を敷いたような、圧巻の景色を見に行くのが楽しみでした。

なので私は曼珠沙華の花が大好きです。

5年くらい前に当時の天皇皇后両陛下が訪問されたことでも有名になりました。

 

www.city.hidaka.lg.jp

 

こちらも両陛下が来られたそうですが、私にとっては思い出深い場所で、小さい頃から慣れ親しんだ神社で、そこは子供たちの遊び場でもあり、何かあると必ず行く場所でした。

今思えば守られていた気すらします。

 

山あり川あり思い出いっぱいの故郷の街です。

 

海のそばに住むと今度は故郷の川が懐かしく思えます。

行きたくなりました。

 

今週のお題「好きな街」ということで、忘れかけていた記憶まで蘇ってきました。

ちょっとタイムスリップし、懐かしく大切なものを拾って帰ってこられたような気持ちになりました。

あっぱれ。

 

脱水症状

 

3、4月と繁忙期だったっため、いきなりゴールデンウイークに突入した感じがしています。

久しぶりにブログを書いています。

 

娘にもう2年ほど会っていないので、急に帰って来るかもしれないと予定を空けていましたが、なかなか忙しいようで今回も来られないということでした。

 

その代わり3日にこっちから東京へ出向いて、久しぶりに会うことになりました。

 

私は7連休ですが、高校生の息子は真ん中の5月2日は学校なので、「なんで繋げないんだよ、大人はいいよな〜!」って!?

いやいやいやいや・・・

 

ゴールデンウィーク後半は予定があるので、天気の良くない前半は掃除や片付けなどの家事をのんびりやろうと思っていました。

昨日は自分のために岩盤浴へ行こうと決めていたので、朝から楽しみに出かけました。

 

www.taiyounosato.co.jp

 

北風が冷たくこの時期にしては寒かったので、温泉にはもってこいでした。

私はいつも先に岩盤浴に行き、15分毎に水分補給の休憩を取りながら3〜4回くらい行うんですが、昨日はなかなか汗が出なくて、1クール長めにやったりしていました。

久しぶりにこれでもかってくらい汗が吹き出してきて、すごく気持ちよかったです。

その後温泉へ移動し、バブルマッサージの風呂で腰をブルブルやり、神経痛や関節痛、冷え性などに効き、アルカリ性で美肌効果もあるという黒褐色の露天風呂に入り身体に染み込ませるつもりで浸かってきました。

いつもより長めの入浴だった気がします。

本当に極楽気分でした。

 

心身ともにほぐれ、帰りにスーパーへ寄り夕飯の材料を買い、身体が冷めやらぬうちに早くビールが飲みたかったので早々に帰宅しました。

 

少し時間が早いけど、お休みだし私お疲れ様っ!キューうまっ!って調子良く火照りを覚ましていました。

ここまでは、良かったんです。

 

その後しだいに頭が痛くなり始め、あれ?

ひどくならないうちにと痛み止めを服用し、夕飯の支度を急ぎました。

終わる頃には目も開けられないくらいの頭痛でとりあえず横になりましたが、全然収まりません。

あまりの痛さに薬を追加しました。

 

ハッと思いました。

これって脱水症状?

お酒は水分ではありません。

あんなに大汗かいたのに、飲んだ水の量が少なすぎました。

慌てて水を飲み、スポーツ飲料を飲み、一気に取り込みましたが遅いです。

後悔しました。

 

岩盤浴中になんでもっとちゃんと水飲まなかったんだろう、水分なめてたわ・・・

もう具合悪くて、ヘロヘロで起きていられなくなり、家族に断わり早々就寝しました。

 

夜中も寒かったり、汗びっしょりになったり、頭も耳の奥も痛くて、唸りながら寝ていました。

12時間ほど寝て、朝には回復していました。

首寝違えたけど、良かった。

 

これから暑い季節がやってきますね。

今回のことがあり、水分疎かにするととんでもないことになってしまうと実感しました。

身体の弱い人、高齢者、小さなお子さんは特に気を付けないといけないですよね。

取り返しのつかない事になりかねません。

人によっては周りが気をつけて観察してあげないといけない場合もありますよね。

 

せっかく健康にいいはずの岩盤浴、入り方を間違え、甘く見ていた私はとても反省しました。

喉が渇いたと自覚した時にはすでに遅いといいます。

渇きを感じる前にちょこちょここまめに水分を摂ることを意識しなくてはいけません。

 

大好きな岩盤浴で具合が悪くなってしまったのは、正直ちょっとショックでしたが、

思い当たる反省点がいくつもありましたので、それを踏まえて又懲りずに行こうと思っています。

 

脱水症の初期段階として以下のような症状が表れるそうです。

 

  1. 頭痛
  2. 集中力の低下
  3. 日中の強い眠気
  4. 食欲不振
  5. 腹部の不快感
  6. 胃もたれ
  7. 体に力が入りにくい
  8. 筋肉痛
  9. 足がつる

 

割とよくある症状かなと思いました。

ちょっと体調が悪いなと思ったら、放置せず水分不足を疑ってみてもいいかもしれませんね。

起床時は、就寝中に水分が失われ血液が濃くなっているので、コップ一杯の水は必ず飲むようにしていますが、普段も集中しすぎてとか、切りが悪いからって水分補給を忘れてしまうってことにならないように気を付けたいですね。

 

もし脱水症状になってしまった場合は、やはり塩分と糖分のバランスがいい経口補水液がベターのようです。

家庭でも作ることができます。

  • 水 1リットル
  • 砂糖(上白糖)20g~ 40g
  • 塩 3g    

レモン果汁あれば適宜。

これらをかき混ぜて出来上がりです。

作り置きはせず、飲み切らなくては衛生的に良くはないですし、応急処置のようなものかと思います。

 

また暑い夏がやってきます。

健康でいないとつまらないので、普段から気を付けるようにしたいですね。

 

 

みんなちがって、みんないい

 

私は、8人と看板犬1匹がいる小さな会社で働いています。

小さな会社は少人数のため、良くも悪くもお互いに、目が行き届きすぎてしまうんですね。

 

会社のTさんは「何で分からないかな〜」「何回同じ事言わせる⁈」「聞いてんのかっ!」など、よく社長からなじられています。

時にはきつく叱られる時もあります。

その度に見ててすごく嫌な気持ちになります。

 

Tさんは50代の独身男性です。

大人しくて、人と会話するのがあまり得意ではありません。

正直私も共通の話題がなく、何を話せばいいか分からず、仕事の会話以外はあまりしません。

 

ちょっと手を貸してほしい時お願いすると、こころよく手伝ってくれます。

でも叱られることが多いせいか、いつも自信なさげな様子です。

 

Tさんは同じ事を何度教えてもなかなか覚えてくれないと周りの人は言います。

確かに仕事はできる方ではありません。

でも誰よりも一生懸命さが伝わってきます。

 

ある日の昼休み、ベテランSさんが私に言いました。

「Tさんの事(社長は)文句しか言わないけど、やってと頼んだ事は丁寧にやるから助かるんだよね〜。判断とかはできないけど、指示してあげれば良く動いてくれるし。やれる事をやってもらえば彼はね、ものすごく使えるんだよ。」と。

 

Sさんは視野が広く、それでいて細かいところに気が付き、考えも柔軟な人です。

 

十人十色というように、同じ能力を持った人なんていません。

それぞれの役割が違うから会社はまとまるのだと思います。

得意な事不得意な事フォローしあって。

みんなが同じ能力だったら逆にそれは偏った会社になりますし、ありえません。

うまい具合に性格もバラバラで面白いとさえ思います。

 

SさんがいてTさんはなんとか救われているようです。

 

思い出した詩があります。

金子みすゞの詩です。

 

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『私と小鳥と鈴と』

私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地面(じべた)を速くは走れない。

私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のように、
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。

 

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「あなたはあなたでいい」

地球上の全ては、違うから生まれることができ、違うからそれぞれが存在することができる。

生まれてきたことが素晴らしいという。

あらゆるものが尊い

 

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金子みすゞ全集です。

30年くらい前に父が私にくれました。

ずいぶんと薄汚れてしまいました。

Tさんの件で詩を思い出し、本棚から引っ張り出してみました。

忘れていた父との記憶もよみがえってきました。

 

しばらく枕元に置いて、いつでも見れるようにしておこう。

 

日々狭い世界で闘う私のバイブルになるかもしれない。

 

 

英語が話せたら⁉︎

 

私には4歳年上の兄がいます。

高校を卒業して私は兄とカナダへ行きました。

当時その旅行は父からのプレゼントでした。

たしか5日間くらいの旅行で、完全に観光だったので気楽で楽しかったし、また兄弟だけで行くというのも、後にも先にもないような経験で、今思えば親にはとても感謝しています。

 

美味しいものも色々食べましたし、景色も素晴らしかったし、買い物も楽しみました。

異文化に触れることができた経験は10代の私にとっては刺激的でした。

 

建物の無料写真

 

宿泊ホテルはバンクーバーで、地下鉄にも乗りましたが、レンタカーを借りて気ままにドライブしたのが思い出深いです。

 

レンタカー屋さんに入り、手続きのために兄が話すのですが、いまいち通じません。

結局私が手続きをし、借りることができました。

出る時に、「あなた話すのが上手ね」みたいなことを受付のお姉さんに言われたのを覚えています。

英文科の大学生より高校生の学校英語が勝ったのかとその時思いました。

兄のプライドがどうだったのかは知りません。

私にとってちゃんと生の英語を使ったのはそれが最初でした。

たいした英語力では無かったと思いますが、褒められて嬉しかった記憶があります。

 

その後、英語を必要とする環境とは無縁の生活が続き今日に至りますが、もしも英語が使えたら、それを日常的に使う環境にいたら・・・

たぶん性格が違った気がします。

 

まず英語は普段使う日本語とは文法が違いますよね。

英語の場合、主語の後にすぐ述語がきます。

日本語は遠回りして最後に結論にたどりつきますよね。

自信がなければ先に結論を言ってしまうなんて、怖ろしいですし勇気のいる事です。

英会話では言いたいことをまずハッキリと言わなければいけません。

だからもし英語が話せたなら私は単刀直入の物言いをするようになるでしょう。

回りくどく、消極的な私にサヨナラです。

ですからそれなりに自信を持てる私にならないといけません。

そのためには積極的にチャレンジする私にならないと!

 

あ、すごくいいかも。

英会話学びたいかも(・ω・) yeh