mimigah’s diary

明日に幸あれ

変わらないもの

先日6年ぶりに埼玉の実家へ行ってきました。

そんなに経っていたなんて、少し驚きでした。

近くもないですが、行こうと思えば普通に行ける距離です。

ですが兄の家族のことを考えると、お邪魔するのはなるべく遠慮してしまいます。

かといって向こうには逢いたい友達も今はいないのでつい遠のいてしまい、よほどの目的がないと行くことはなくなりました。

 

なので母の三回忌以来です。

七回忌はコロナで見合わせましたので。

 

兄に「新米を取りに来てね。」と言ってあったのですが、今年はなかなか来られませんでした。

うちは農家ではないのですが、田畑を貸しているので年貢米が届きます。

食べ切れないのでそれを身内におすそわけしています。

 

兄は出張が多い仕事で、千葉方面に来るときは時々立ち寄ってくれるのですが、最近は長野や新潟方面が多いようでこちらにはめっきり来なくなりました。

 

夫が「もう新米じゃなくなっちゃったけど米届けようよ。」と珍しく休みをとってくれたので、急遽行くことにしました。

兄夫婦もたまたま休みが重なったのでちょうど良かったし、夫に感謝です。

 

両親のお墓にも長いこと手を合わせていないので行きたいと思っていました。

ついでのお墓参りはしたくないので「米がついでだからね、メインはお墓ね」と夫に念押しして出かけました。

 

寄り道しながら3時間ほどで到着。

「しばらくぶりだね。」と父と母に心の中で言いました。

 

なんとなく気持ちがスッキリしました。

こういうことは、連続する日常の区切りにもなります。

少しだけ立ち止まって故人を想い、家族や兄弟の大切さを改めて感じたり、感謝する気持ちになれたりします。

疎かにしてはいけないですね。

 

その足で久しぶりに兄夫婦と昼食を食べに行きました。

訪れるたびに新しい店ができ、様変わりする故郷の街並みですが、逆に子供の頃から変わらないものが目につくと嬉しくなります。

 

兄の住む実家は新たに建てた家なので、私の育った家ではないのですが、昔父が気に入って買った家具や、母が使っていた調理器具や食器類などがいくつも残っています。

なかなか年季が入っています。

それらはなぜか不思議な存在感があります。

そして囲まれてると安心するのです。

 

実家から歩いて5分ほどのところに私の通っていた小学校があります。

学校の脇を通ってみると、校舎から外に出る古い渡り廊下が見えました。

あれから40年くらい経ってるのに、そこは全く変わらずあの日のままの状態で、なんだか嬉しくなりました。

北の端っこの冬は寒くて薄暗い場所なんですが、なぜかこの場所がお気に入りで友達とよく遊んてまいました。

その渡り廊下の両脇の壁に隙間があるのですが、ヤンチャな男子が頭を入れ、抜けなくなってしまい大騒ぎになった事件があったのを思い出しました。

通り抜けられると思ったのでしょう。

 

今あの子はどうしてるのだろう。

 

それから、兄がサイボクに連れて行ってくれました。

埼玉県の日高市にあるサイボクは埼玉種畜牧場の略です。

子供の頃家族とよく行った場所です。

買い物が終わると外で焼いて売っているフランクフルトを食べるのが楽しみでした。

 

www.saiboku.co.jp

 

今は豚肉オンリーだった昔とは違い、店も増えて地元の狭山茶をはじめ野菜や果物、パンや干物まで売っていて、遊ぶところもあり温泉も入れて、ちょっとしたレジャー施設のようです。

買ったものはその場で全国発送ができるようになっています。

値段もそれなりにお高めですが、肉も加工品もひと味違います。

昔と変わらぬ美味しさ!

特にウィンナーは種類豊富でどれも美味しい。

 

お米と引き換えにお土産を買ってもらっちゃいました(o^^o)

(大好きなミミガーもあります)

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たまの故郷やっぱりいいな。

変わらないものってやっぱりいいな。